自分の研究の意義について考えてみる

今回は少し (かなり) 大それたタイトルを付けてみました。内容は大したことないです*1

私は本記事執筆時点で修士課程の学生で、プロの研究者からはほど遠い研究初心者なわけですが、初心者なりに、日々研究について考えています。

2 年ほど研究活動をしてみて現在までの間に私が学んだことの一つに、研究の意義を簡潔に言えることが大事だということがあります。当たり前のことですが、これが意外に難しいということも痛いほどよくわかってきました。

特に私が扱っているようなコンピュータグラフィクス (CG) やヒューマンコンピュータインタラクション (HCI) の分野では、分野外の人から何の役に立つのかと疑問視されてしまいそうな研究が沢山あります。実際、例えば医療系やエネルギー系の研究分野に比べて、一見どう人の役に立つのかが想像しにくいことも多いと思います。そこで、特に CG や HCI 系の分野の学生には、細かい知識や技術よりも、まず自分の研究の意義をはっきり他人に伝えられる能力が問われることになると感じます*2

そのような能力はどのようにしたら身に付くのか、私にも分かりませんが、日々脳内にある「なんとなく」を「はっきり」にしていく作業 (= 言語化) を行うことが重要なのではないかと考えています。

例えば、CG 系の有名な研究所である Disney Research Zurich の以下の研究を例に考えてみます。

Katie Bassett, Ilya Baran, Johannes Schmid, Markus Gross, and Robert W. Sumner.
Authoring and animating painterly characters
Transactions on Graphics (2013)
acm digital library

ごく簡単にこの研究の概要を説明すると、「既存研究である 3D ペイントツール OverCoat を、アニメーションにも対応させる手法*3を提案し、実際に既存のどのツールでも作ることが出来ないようなアニメーションをいくつか作って示すことで、その有用性を検証した」といった研究になります。ちなみに既存研究の OverCoat とは以下の研究のことです*4

Johannes Schmid, Martin Sebastian Senn, Markus Gross, and Robert W. Sumner.
OverCoat: An Implicit Canvas for 3D Painting
SIGGRAPH 2011
CGL @ ETHZ - OverCoat: An Implicit Canvas for 3D Painting

さて、この論文の冒頭では、以下の図に相当するような議論が展開されています。

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アーティストは、まず初めに脳内にビジョン (Artistic Vision) を想い描き、続いて既存のツール (Existing Tools)*5 を最大限に駆使して、それを作品 (Art Work) という形に落とし込みます。ここで重要なのは、ビジョンが無限の創造力によって想い描かれる (unlimited creative freedom) のに対し、既存のツールには様々な制約があるために、最終的な作品は限られた表現形式にしかならない (limited visual styles) という点です*6

したがって、できるだけ元々のビジョンを劣化させずに作品に落とし込めるツールを発明することは、芸術分野に対してエンジニアリングが貢献できるまさにその部分であり、そこに今回の研究の意義がある、という議論を行っています。実際にこの論文の続きの部分では、どうやってビジョンをそのまま作品に落とすかという議論を行い、その上でアニメーション制作のための一つの作業フローを提案していきます。

上で紹介した図は、当たり前のことをわざわざ図にしたものです。しかし、「なんとなく」は説明できそうなものの、実は (特に分野外の人に) 「はっきり」と言葉で説明するのが難しい部分だとも感じます。経験上、こういった当たり前の部分を飛ばして研究紹介をしてしまうと、分野外の人には中々面白いと思ってもらえないことが多いようです。論文でも、冒頭でこういった議論をせずに、いきなり本題に入ってしまうと、焦点のボケた論文になってしまうように感じられます。

私は修士論文で「3DCG でデフォルメ表現を実現するための手法」*7を提案したのですが、冒頭で「デフォルメ表現を実現する手法を提案することの意義」について書く際に非常に苦労しました*8

「なんとなく」の考察だけでは、自分の研究について「ほら、なんとなく面白いでしょう」とか「ほら、なんとなく役に立ちそうでしょう」とか、輪郭のボケた説明しかできなくなってしまいがちです*9。思考の言語化の習慣を通して、自分の研究の意義を明快に語れるようになりたいと願います*10

*1:誰に向けて書いた文章というわけではないですが、強いていえば約 2 年前に右も左も分からずに卒業論文を書いていた頃の自分に向けて書いたような記事になっています。

*2:念のためですが、全ての研究が具体的に何かの役に立つべきである、といっているのではありません。しかしながら、研究の意義について考えることは全ての研究において重要ではないでしょうか。

*3:Configuration-Space Keyframing という手法を提案しており、これによってナイーブな実装に比べてアーティストによる細かい調整が可能となります。結果、実用に耐え得るシステムの実現に成功していると言えます。

*4:余談ですが、この論文は私がちょうど研究室配属された頃に発表された研究で、個人的には思い入れの深い研究です。

*5:具体的には Maya や AfterEffects などのソフトウェアや、ペンタブなどのハードウェアなどです。

*6:ここでは、3DCG 技術を用いた芸術作品については、アーティストの表現したい内容が現在の技術で表現できる内容より豊かである、という前提をおいています。もちろん、他の芸術分野や芸術様式に関しては必ずしもこの前提は正しくないでしょう。

*7:「こだわり物理エンジン」という名前で公開したりしました。

*8:そこで考えたことは実は前回の記事で簡単に触れています。

*9:完全に自己満足のための研究ならそれでも良いかもしれません。

*10:この記事自体が私自身の思考の言語化を主な目的としています。